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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1989号 判決 1999年6月25日

原告

松井一恵

右訴訟代理人弁護士

田中泰雄

三嶋周治

被告

株式会社関西事務センター

右代表者代表取締役

本多克也

右訴訟代理人弁護士

樽谷進

宮下幾久子

主文

一  被告は、原告に対し、三一万三九一〇円及びこれに対する平成九年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、一一万一三八七円及びこれに対する平成一〇年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、五一万〇五二八円及びこれに対する平成一〇年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告に対し、一六万七三七三円を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一及び第二項と同旨

二  被告は、原告に対し、三三万一一五六円及び内金一六万五五七八円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、二〇万八三八三円及びこれに対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を払え。

四  被告は、原告に対し、二五九万七六五四円及び内金一二九万八八二七円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が、被告に対し、賞与の不足額を含む未払賃金、解雇に伴う予告手当と付加金、時間外勤務に対する手当と付加金の各支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、一般企業の財務書類の作成、指導及び会計事務代行等を行う会社であり、原告は、平成六年八月二二日、被告に雇用され、被告が業とする会計事務代行の業務に従事してきた。

2  被告の従業員に対する賃金は毎月一五日締切り、同月二五日払である。

被告は、原告の平成九年一二月分以後の給与は支給していない。

平成九年一二月一〇日、被告から、原告に対し、平成九年冬期(ママ)賞与として二五万三八六五円が支給された。

3  原告は、平成八年五月に課長に昇進し、同月から月額六万円の役職手当の支給を受けるようになった。

二  本件の争点

1  原被告間の雇用関係の終了は被告の解雇によるものか否か及びその終了時期

2  原告に支給されるべき平成九年冬季賞与に未払があるか否か

3  原告の時間外勤務に対する時間外勤務手当の未払があるか否か

第三争点に対する当事者の主張

一  争点1(雇用関係終了事由等)について

1  原告

(一) 原告は、平成九年一二月一〇日、被告代表者に対し、被告を退職したい旨申入れ、被告代表者から再考を促されたものの、翌一一日、退職意思は変わらない旨伝え、同日、被告代表者から承諾を得た。その際、原告は、退職日等については、高桑取締役部長と相談して決めるようにと指示されたため、平成一〇年二月一五日をもって退職する旨記載した退職届と、それまでの間の有給休暇届と(ママ)を業務日誌とともに提出して、同日は退社した。

しかるに、原告は、翌一二日、所長室に呼ばれ、被告代表者から、「こんなに休まれたら仕事にならない。」「こんなに休むなら一二月二六日付で辞めてくれ」と解雇を言い渡された。原告はそれは困る旨申入れたが、被告代表者は「決まったことだ。一二月二六日で来なくていい」と繰返した。このため、原告はやむなく「今日から二六日まで有給休暇を使います」と申し出て、被告代表者の承認を得、同日以後出社していない。

(二) 原告の平成九年一二月分の賃金は、三一万三九一〇円であり、平成九年一二月一六日から解雇日である同月二六日までの賃金は一一万一三八七円であるが、これらは支払われていない。

また、被告からは、平成九年一二月一二日に、同月二六日付解雇が言い渡されたので、その間の一四日間については予告がなされたことになるが、予告期間三〇日に不足する残り一六日分については、被告に解雇予告手当の支払義務があるところ、右期間の平均賃金は一六万五五七八円(平成九年一〇月分、一一月分及び一二月分の賃金総支給額九四万一七三〇円÷右期間の日数九一日×16)である。

(三) よって、原告は、被告に対し、右各未払賃金及びこれらに対する各支給日の翌日から支払済みまでの遅延損害金、解雇予告手当とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金、右解雇予告手当と同額の付加金の各支払(以上、請求一及び二)を求める。

2  被告

原告は、平成九年一二月一〇日、被告代表者に対して、突然、同日をもって退職する旨申し出た。被告代表者は、その頃が被告の繁忙期でもあることから、原告を慰留し、翌日また話したいと述べたが、原告から応答はなかった。

翌一一日、出社した原告に対し、被告代表者が、退職は仕方ないとしても、退職時期を考え直して欲しい旨申入れたが、原告は、半年前から決めていたことであり、すぐ辞める、と言って、被告代表者の申入れを聞き入れようとしなかった。

翌一二日にも、原告が出社していたので、被告代表者が声をかけたところ、原告は、被告を退職する、有給休暇も使う旨述べて出て行き、以後出社しない。

被告の就業規則は、社員が退職の申出をし、会社が承認したときは、その日でもって社員の地位を失う旨明記している(就業規則一一条。<証拠略>)

以上のとおり、原告は、同月一〇日、退職の意思表示をし、その後これを撤回もしないのであるから、原被告間の雇用契約は同日をもって終了した。

そうでないとしても、同月一一日、原告は重ねて退職意思を表示し、被告代表者はこれを承諾したのであるから、同日をもって、原告は被告を退職した。

二  争点2(未払賞与)について

1  原告

原告は、賞与は年二回、四・五か月分と記載された被告の求人票に応募し、右求人票記載の労働条件で被告に雇用された。

しかるに、原告が、平成九年一二月一〇日に、退職の意思表示を行ったため、被告は、右賞与を減額して二五万三八六五円しか支給しなかった。

賞与計算の基礎となる一か月分は基本給、役員(ママ)手当、職能手当、皆勤手当の合計であり、平成九年においては二一万七三六〇円であるところ、原告は平成八年度の冬季賞与実績四六万二二四八円との差額の限度で未払賞与の支払を求めるものである。

よって、右未払賞与二〇万八三八三円とこれに対する賞与支給日の翌日である平成九年一二月一一日から支払済みまでの遅延損害金の支払い(ママ)を求める(請求三)。

2  被告

求人票の記載は、参考として前年度実績を記載したものに過ぎず、原被告間に、原告主張のような賞与支給の合意はない。

賞与は、被告の実績に基づき支給するもので、平成九年一二月一〇日、被告は、原告に対し、被告の業績が悪いので少なくなっていると説明して支給した。これには原告も納得していたのであって、賞与の未払はない。

三  争点3(時間外勤務に対する時間外勤務手当等)について

1  原告

(一) 原告の就業時間は、平日は午前九時から午後五時まで実働七時間、日曜日及び隔週の土曜日を休日とし、出勤土曜日は午前九時から午後一時までというものであった。

しかるに、被告は、一方的に、平成七年七月から、出勤土曜日の就業時間を午前九時から午後三時までとして二時間延長し、また、平成八年七月から全週土曜日出勤とした。このほか、毎月、一週間単位で、一日三〇分早く出勤する掃除当番、一日一時間遅くまで残る電話当番がそれぞれ義務づけられていた。

そのほかにも、原告は恒常的な残業を余儀なくされていた。

原告の平成八年五月一六日以降の勤務状況は別紙就労状況一覧表<略>記載(出勤簿(<証拠略>)の記載に基づいて作成したものである。)のとおりである。

原告は、右一覧表記載のとおりの時間外勤務を余儀なくされてきたにもかかわらず、被告は、平成八年六月支給分以降の賃金において右時間外勤務に対する時間外勤務手当を支払わない。

原告の時間外勤務手当算定の基礎となるべき賃金月額は、別紙給与及び賞与一覧表<略>の支給額Aであり、平成八年六月から平成九年一一月までに支払われるべきであった時間外勤務手当は、別紙割増賃金の算定方法記載のとおりとなり、合計一八六万一〇三八円が未払である。

そこで、原告は、被告に対し、右未払の時間外勤務手当の内金一二九万八八二七円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金、右時間外勤務手当内金と同額の付加金の各支払を求める(請求五(ママ))。

(二) 原告は、課長に就任する際に、被告から、時間外勤務手当の支給がなくなるとの説明を受けたこともないし、役職手当で代替するとの合意をしたこともない。平成八年六月以降、現実に時間外勤務手当が支給されていない事実をとらえて、黙示の合意がなされたと、仮に認定できるとしても、かかる合意は強行法規たる労働基準法に違反し、無効である。

被告の就業規則の賃金規定九条二項には、精皆勤手当は部門長以上の役職者には支給しない旨記定されているが、原告は課長就任後も精皆勤手当の支給を受けており、課長が部門長以上の役職者に該当しないことは明か(ママ)である。

土曜日の勤務時間が午後三時まで延長されたのは平成七年七月ころからであり、原告の課長就任とは関係がない。

なお、被告が主張する、時間外勤務手当の計算につき、一時間未満は算入しないとする扱いないし慣行が合(ママ)ったとの事実は否認する。

2  被告

(一) 被告では、就業規則で「部門長以上の役職者には、時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しません」(賃金規定一五条。<証拠略>)と規定している。

原告は、平成八年五月に課長に昇進したが、その際、被告から、月額六万円の役職手当が支給されることになるが、時間外勤務手当の支給はなくなる旨の説明を受けて同意した。これは、時間外勤務手当の支給を役職手当で代替させる趣旨も含む合意である。

原告は、右合意により同月から月額六万円の役職手当の支給を受けるようになったほか、職能手当も増額され、勤務時間も厳格な管理を受けなくなった。また、土曜日は午前九時から午後三時までの出勤となったが、他方夏休み八日間という待遇に加え、春休み及び秋休み各五日間の休暇を取得できることになった。

原告は、課長就任前には二万円に満たない時間外勤務手当の支給しか受けていなかったものである。

右役職手当の支給によって時間外勤務手当を支給しない取扱は合理的なものであり、原告に有利な取扱であって有効なものである。

(二) 原告は、自己の業務終了後も、周りのものが退社するまで残ってパソコンで遊ぶなどしていたことも多く、業務のために残っていたものではない。

被告の出勤簿(<証拠略>)は、事務室の保安目的から出、退室時刻を明らかにするために記載させていたものであって、始業、終業時刻を明らかにするものではない。

現実の記載をみても、五分あるいは一〇分単位で記載されており、各自の判断で切りのよい時刻を記載していたことが窺え、正確性にも欠ける。

また、被告は、時間外勤務手当の計算は一時間未満を算入しない扱いとしており、これは被告における慣行であった。

第四当裁判所の判断

一  争点1(雇用関係終了事由等)について

1  証拠(<証拠・人証略>、原告本人、被告代表者)によれば、以下の事実を認めることができる。

原告は、平成九年一二月一〇日午前、被告代表者に対し、口頭で、被告を退職したい旨申し出た。同日午後、原告は、被告代表者から社長室に呼ばれ、賞与の支給を受けたが、その際、被告代表者から、被告の繁忙期であることなどを理由に、長時間にわたって翻意を促され、明日まで考えるようにと指示された。

翌一一日午前、原告は、社長室に赴き、被告代表者から慰留を受けたが、なお退職意思は変わらない旨伝えたところ、被告代表者も、原告の退職を承諾し、退職日については取締役部長高桑朋子と相談するようにと指示した。

原告は、退職日について高桑と相談することはなかったが、同日の勤務を終えるに際し、平成一〇年二月一五日をもって退職する旨記載した退職届(<証拠略>)と、それまでの間の年次有給休暇残日数等約二〇日を指定した有給休暇届等を業務日誌に挾み、所定場所に提出して帰宅した。

翌一二日午前、原告の業務日誌等をみていた高桑がこれを被告代表者に届け、次いで、原告は、被告代表者から社長室に呼び出された。原告が、社長室に赴くと、被告代表者は、原告に対し、こんなに休まれては仕事にならない、同月二六日(平成九年の被告の最終営業日)で辞めてほしい旨申し渡した。

これに対し、原告は、それなら、右同日まで有給休暇を取得する旨述べて、同日午前一〇時三〇分ころ、退社した。

原告は、同日、被告代表者宛てに、一二月二六日付で雇用契約を終了したい旨の被告の申出は解雇に当たること、よって、解雇予告手当の支払、離職票の解雇事由を会社都合とすること、一二月二六日までは有給休暇を取得するものとすること等の要求を記載した通知を内容証明郵便で送付し、右通知は同月一三日被告に到達した。

なお、被告の就業規則一一条は「社員が次の各号の一に該当するとき、その日を退職の日とし社員の地位を失います。(1) 本人の都合により退職を申し出て、会社が承認したとき」と規定している。

2  右認定事実に対し、被告代表者は、陳述書において、原告は平成九年一二月一〇日及び一一日、即日、退職すると申し出ていたこと、被告代表者は、原告に翻意を促したが原告の退職意志(ママ)が固く、このため原告の退職を承諾したこと、同月一二日、出社していた原告に声をかけたところ、「辞めます、有休も使います。」と言って出ていったこと、原告が業務日誌に挾んで提出したという退職届や有給休暇届は本件訴訟になるまで見たこともないことなどを記載し、本人尋問においてもほぼ同旨を述べているほか、証人高桑も退職届や有給休暇届の提出はなかったと供述している。

しかしながら、原告が、即日退職といいながら、他方で有給休暇を使用するとも述べたというのでは内容的に矛盾するし、原告が同月一二日、右内容証明郵便での通知を送付していることは疑いがなく、その際、当日の被告代表者とのやりとりを捏造するとは考え難いところであるから、右通知に記載されているとおり、右同日、被告代表者から原告に対し、同年一二月二六日で原被告間の雇用契約終了とする旨の発言がなされたものと認められ、そうすると、そのような発言の背景としては、原告が、本人尋問で述べるとおり、先に提出した退職届や有給休暇届を被告代表者が目にした事実が存すると考える方が自然である。

したがって、右認定に反する被告代表者の陳述書の記載や供述、証人高桑の証言は採用できず、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

3  そこで、右認定事実によって判断するに、原告の退職は、当初口頭で申し出られ、これが、被告代表者によって承諾されたのは同月一一日であったというのであり、就業規則一一条の規定からすると、本来右同日、原告は退職となるべきところ、原告は被告代表者から退職日を高桑と相談するよう指示を受けていること、その後、被告代表者から、同月二六日をもって辞めてほしい旨の申出がなされていることなどからして、少なくとも同月一一日に退職とはしないことが黙示に合意され、右就業規則の適用は排除されていたと考えられる。

他方、原告の退職届は、同月一二日には被告代表者の知るところとなったと認められ、これをもって、民法六二七条に規定する雇用契約の解約告知がなされたと解する余地がないではない(その場合、到達によって効力を生じる)。

しかしながら、右認定のとおり、右退職届は、原告の退職が既に承認され、退職日を何時とするかの協議が予定されている中で提出されたものであり、これら前後の事情に鑑みるときは、解約告知というよりは平成一〇年二月一五日をもって合意解約とするとの申入れであったと解するのが相当である。

また、原告は、平成九年一二月二六日をもって被告を辞めてほしい旨述べた被告代表者の発言をとらえて、これが被告による解雇であると主張するのであるが、原告本人尋問の結果や原告作成の陳述書、さらに、右内容証明郵便での通知を見ても、被告代表者が「解雇」なる発言をした形跡はないし、被告代表者において、解雇意思を有していたとすれば、なにも、同月二六日まで待つことなく即時解雇すれば足りるのであって(そうしたからといって予告手当その他の関係で被告に不利益が及ぶこととは考えられない)、未だ、退職日が確定されていなかったとはいえ、原告の退職が合意されていた時期に、わざわざ、有給休暇の取得を承認した上で解雇したというのはいかにも不自然である。このような諸事情を総合すると、被告代表者が同月二六日をもって辞めて欲しい旨述べたのは、退職日についての被告からの申込であったと解するのが相当であり、これに対し、原告が、同日退職することを前提にした有給休暇の取得を口頭で申入れたのは、退職日に関する被告の右申込を承諾したものというべきである。

そうすると、原被告間の雇用契約は、同月二六日をもって終了させることで原被告間に合意が成立し、これによって、右同日合意解約されたものと認められる。

被告が原告に同年一二月分以降の賃金を支払っていないことは当事者間に争いがなく、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨からして、原告の平成九年一二月分の賃金(同月一五日締切りで同月二五日が支給日)は、三一万三九一〇円であり、平成九年一二月一六日から解雇日である同月二六日までの賃金(平成一〇年一月二五日が支給日)は一一万一三八七円であると認められる。

したがって、右各未払賃金及びこれに対する各支給日の翌日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるが、原被告間の雇用関係の終了事由が被告による解雇であるとして、解雇予告手当とこれに対する遅延損害金及び付加金の支払を求める原告の請求は理由がない。

二  争点2(未払賞与)について

原告は、原被告間の労働条件として、賞与は年二回、四・五か月分と合意されていた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。(原告の根拠とする求人票(<証拠略>)の記載によっても、単に前年度実績として記載されているに過ぎず、被告の賃金規定(<証拠略>)二五条も「賞与は、毎年七月及び一二月に会社の実績、社員の勤務成績(態度・技能・向上心)等を勘案して支給します。ただし、会社の業務の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更し又は支給しないことがあります」と規定している。)

よって、未払賞与の支払を求める原告の請求は理由がない。

三  争点三(時間外勤務に対する時間外勤務手当等)について

1  証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(一) 被告の就業規則及び賃金規定には、本件に関係する従業員の労働時間や夏季休暇、出退勤等について、次のとおり定められている。

(1) 休日は日祝日、隔週土曜日(ただし、従業員を二グループに分けて交替で与える。)及び年末年始(一二月二九日から一月五日まで)、所定労働時間は一日七時間、週三九時間以内とされ、始業時刻は午前九時、終業時刻は出勤土曜日を除き午後五時で、そのうち正午から午後一時までが休憩時間、出勤土曜日の終業時刻は午後一時で休憩時間はない(所定労働時間、終業時刻、休憩時間は平成八年二月に改正され、三月一日から施行された。以上、就業規則一八ないし二一条)

(2) 時間外勤務については、業務の都合により、会社が所定時間外に労働させることがあり、また、業務の都合上やむを得ない場合は、社員から事前に申請し会社がそれを承認するものとする(同三五条)。

所定労働時間を超えて勤務した場合には次の算式による時間外勤務手当が、また、法定休日に勤務した場合には次の算式による休日勤務手当がそれぞれ支給されるが、部門長以上の役職者には時間外勤務手当及び休日勤務手当の支給はない(賃金規定一五条)。

ア 時間外勤務手当=(基本給+通勤手当を除く諸手当)÷一ケ月平均所定労働時間×一・二五×時間外勤務時間数

イ 休日勤務手当=(基本給+通勤手当を除く諸手当)÷一ケ月平均所定労働時間×一・二(ママ)五×時間外(ママ)勤務時間数

諸手当とは役職手当、精皆勤手当、通勤手当、住宅手当、職能手当、職務手当、調整手当をいう(同四条)精皆勤手当も、部門長以上の役職者には支給されない(同九条)

なお、就業規則にも賃金規定にも「部門長以上の役職者」の範囲を定める規程はない。

(3) 入社年月日と業務の進捗状況に応じて有給の夏期特別休暇が与えられるが、平成六年四月一日から同年八月三一日までに入社した従業員(原告が該当)の場合だと、その期間は最長三日となる(就業規則三三条、賃金規定一六条)。

(4) 出退勤に際しては、従業員各自が所定の方法により、その時刻を記録するものとする(就業規則二三条)。

(二) 原告が、被告から支給されてきた平成八年二月以降の賃金等は別紙給与及び賞与一覧表のとおりである(弁論の全趣旨)。

原告は、平成八年五月に主任から課長に昇格したが、これに伴い、基本給及び職能手当が同表記載のとおり千数百円程度増額されたほか、役職手当が二万円から六万円とに(ママ)増額され、皆勤手当も従前同様支給された。また、八日間の夏期休暇と、各五日間の春休み及び秋休みの取得が認められるようになり、平日正午からと定められている休憩時間も、適宜取得することが許されるようになった。

他方、それまで多い月で二万円弱支給されていた時間外勤務手当が、同年六月以降支給されなくなり、毎週の土曜出勤が義務づけられるようになった。

(三) 被告では、従業員に、概ね一週間単位で、三〇分早出の掃除当番(火曜日から月曜日)と一時間残業の電話当番(月曜日から金曜日)とがそれぞれ割り当てられていた。

また、原告に関しては、土曜日の勤務時間は平成七年七月ころにはすでに午後三時までに延長されていた。

被告の従業員は、各自出勤簿(<証拠略>)に出退勤時刻を記載しているが、これによると、原告の平成八年五月一六日から平成九年一一月一五日までの出退勤時刻は別紙就労状況一覧表の勤務時間欄記載のとおりである。

原告が残業に当たって、事前の申請をして被告の承諾を得るということはなかった。

2  以上の認定事実に対して、原告は、出勤簿の記載は原告の就労状況を明らかにしたものであって、出退勤時刻を記録したものではないと主張し、本人尋問においてこれと同旨を述べる。

確かに、出勤簿の記載をみると、従業員各自が記載した開始、終了時刻のみならず、従業員各自の残業時間や休日数なども記載されており(<人証略>の証言から同人が記載していたものと認められる)、単なる保安目的から出退勤時刻を記載させていたかには疑問もある。そして、原告の欄の終了時刻には殆ど全日、所定の終業時刻より相当遅い時刻が記載されており、さしたる理由もないのに毎日居残りするなどということは考えがたいことからすると、原告は、出勤簿に記載された時刻ころまで残業しており、原告の残業が恒常化していたのではないかと推測されるところである。

しかしながら、証人高桑は、出勤簿の記載は終業時刻ではなく退出時刻を記載することとなっていたことなどを証言し、同人作成の陳述書(<証拠略>)に、原告があまり残業しておらず、他の従業員(桂史子)と一緒に帰るため、同人の仕事の切りがつくまではパソコン等で遊んでいたことなどを記載している。出勤簿に記載された開始時刻は、日により、人によりまちまちではあるが概ね始業開始時刻の一〇分ないし三〇分程度前の時刻が記載されていることや原告が出勤簿に記載した開始時刻から始業時刻までの時間を時間外勤務であるとは主張していないことなどからすると、開始時刻は就業開始時刻ではなく出勤時刻を記載したものではないかと考えられ、そうすると、終了時刻もまた、同様に終業時刻ではなく退勤時刻を記載したものと考えるのが自然である。また、原告が終了時刻として記載している時刻と桂のそれとが一致している日が少なくなく、このことは、高桑の陳述書に記載されているように、原告と桂とがともに退勤しようとしていたためではないかと考えられる。さらに、就業規則でも、従業員は各自、所定の方法で出退勤時刻を記録することとされているところ、出勤簿の記載は従業員各自に委ねられており、その記載に基いて時間外勤務手当が支給されていたものではないのであって(このことは、出勤簿に高桑が記載していた残業時間と従業員の記載していた開始終了時刻とが合わないことや弁論の全趣旨から認められる)、出勤簿が従業員の時間外勤務の管理に使用されるものとして作成されていたものでないことは明らかである。これらの事情に照らすと、右に述べたとおり、出勤簿に記載された終了時刻ころまで原告を含む従業員らが就業していたことは推測できても、必ずしも就業時間を正確に反映するものであるとまではいえず、その記載どおりに原告が時間外勤務をしたとは認められない。

他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

3  右認定事実によって、時間外勤務手当について判断する。

(一) まず、被告は、原告に時間外勤務手当を支給しなくなったのは部門長以上の役職者には時間外勤務手当を支給しないとの就業規則の定めによるものであると主張している。

しかしながら、部門長以上の役職者がいかなる地位をいうかについては、就業規則に規程がなく判然としないが、前記認定のとおり、部門長以外の役職者には時間外勤務手当のみならず、精皆勤手当も支給しないとされており、これらにいう部門長以外の役職者を別異に解すべき特段の事情は認められないから、同じ範囲の者を予定しているものと解されるところ、被告は、原告の課長就任後時間外勤務手当は支給していないが、皆勤手当は支給し続けてきており、その取扱には矛盾があるのであって、果たして、被告が、課長職を部門長に該当すると認識して、時間外勤務手当を不支給としていたかには多分に疑問がある。

もともと、被告が就業規則や賃金規程で定めている時間外勤務手当が、労働基準法が法定労働時間超過の労働に対して支給することを強制している割増賃金の趣旨であることは明か(ママ)であり、さらに、これを所定労働時間超過の労働に対してまで支給することとしたものであり、その点で、労働基準法による保護以上に拡張したものである。割増賃金の支給を命じる労働基準法の規定は強行法規であるから、単なる合意によってこれを不支給とすることは許されないし、部門長以上の役職者であることを理由に、割増賃金を含む時間外勤務手当を支給しないとするのであれば、そのような取扱いが有効とされるためには、右役職者が、同法四一条二号にいう監督もしくは管理の地位にある者に該当するか(同法一号及び三号は本件には関係がない)、あるいは右役職者に実質的にみて割増賃金が支給されていると解される場合でなければならない。

しかるに、右にいう監督管理者とは、従業員の労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいうと解すべきところ、課長に就任したことによって原告が従業員の労務管理等について何らかの権限を与えられたとの主張立証はなく、役職手当が支給されたりあるいは休暇取得や勤務時間等について多少の優遇措置が採られるようになったことは認められるものの、これらのみでは、原告が右監督管理者に該当するとはいい難い。

また、割増賃金が実質的に支給されているといえるかに関して、被告は、原告の課長昇進に伴い、役職手当が支給されるようになること、時間外勤務手当の支給がなくなることの説明をし、原告の同意を得たとして、役職手当をもって時間外勤務手当に代替させる合意をしたと主張しているが、右のような合意がなされたことを認めるに足る証拠はない(被告代表者の陳述書(<証拠略>)には、役職手当を支給している部門の長には時間外勤務手当が支給されない旨の説明をしたとの記載があるが、役職手当自体は、原告は課長昇進前の係長時代から支給されていたし、部門の長がいかなる役職を指すかは、前記のとおり就業規則自体からは判明しないのであって、被告代表者の陳述書の記載は採用できない)し、被告が時間外勤務手当を支給してこなかったという事実から被告が主張するような合意が黙示になされたとするのも、労使間の力関係からして相当とはいえない。地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって監督管理者に該当することになるような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。仮に、被告としては、右役職手当に時間外勤務手当を含める趣旨であったとしても、そのうちの時間外勤務手当相当部分または割増賃金相当部分を区別する基準は何ら明らかにされておらず、そのような割増賃金の支給方法は、法所定の額が支給されているか否かの判定を不能にするものであって許されるものではない。そうすると、原告には時間外勤務手当に相当する手当が実質的にも支給されていたとは認められない。

以上によれば、被告が、原告に時間外勤務手当て(ママ)を支給してこなかった扱いは違法というほかなく、被告は原告に対して就業規則に従った時間外勤務手当を支給すべき義務がある。

(二) そこで、原告が被告に請求する時間外勤務手当の額について検討する。

(1) 原告は、出勤簿の記載の(ママ)基づいて、別紙就労状況一覧表記載のとおり、時間外勤務したと主張するが、出勤簿が、原告の就労状況を正確に反映するものとはいえないことは前記のとおりであり、そうすると、その記載から原告が主張する時間外勤務を認定することはできない。

他方、前記認定のとおり、被告は、早出の掃除当番や居残りの電話当番を命じていたこと、原告が課長に就任する以前から土曜日の勤務時間を午後三時までに変更したこと、原告に対しては課長就任後毎週の土曜日出勤を命じるようになったことなどが認められる。

このうち、早出当番、電話当番、土曜日の勤務時間延長は、原告の課長就任とは関係がないのみならず、いずれも就業規則に規定のないものであって、これらは明らかに時間外勤務を命じたものというべきである。

これに対し、原告が毎週土曜日の出勤を義務づけられたのは、その時期からして課長昇進に伴うものであったとみられる。原告には、課長昇進によって役職手当が支給されるようになったほか、夏季特別休暇等の優遇措置が採られるようになっており、これらを代償として原告の職責が加重されたものというべきである。この措置は、土曜日の勤務時間を四時間とすることを前提とすれば、一週間の労働時間を三九時間以内とする就業規則の定めにも反するものではない。原告が、これに異議を唱えた形跡はなく、課長就任を承諾して毎週の土曜出勤を行ってきていることからすると、原告も、これを承諾していたものというべきである。そうすると、土曜日が毎週出勤となったことをもって、被告が時間外勤務を命じたものということはできない。

以上を前提にして、原告の時間外勤務の時間を算定する。

証拠(<証拠略>)によれば、原告が出勤して就労した日、電話当番、早出の掃除当番に従事した日は別紙就労状況一覧表に記載のとおりであり、出勤した日の就労時間については、少なくとも所定の就業時間に加え、土曜日の午後三時まで(ただし、一時間の休憩を取ったものと認められるから、所定の労働時間である四時間を超過するのは、一時間である。)勤務していたものと認められる。

別紙就労状況一覧表から、原告が、早出の掃除当番、電話当番に従事した日、土曜出勤した日を抽出すると、別紙時間外労働一覧表の所定外労働欄記載のとおりであり、原告は、少なくとも右の時間、時間外勤務を行ったものと認められる。

被告は、一時間未満の労働は時間外勤務に算入しない扱いであったとも主張するが、そのような慣行の存在を認めるに足る証拠はなく、この点の被告の主張も採用できない(なお、労働基準法が規定する時間外労働に対する割増賃金に関する限り、右のような措置は違法というべきである)。

(2) 時間外勤務手当算定の基礎となる原告の基本給及び諸手当の合計は、別紙給与及び賞与一覧表の支給額Aであると認められる。

(3) 時間外勤務手当算定の基礎となる一か月平均所定労働時間については、就業規則に格別の定めがないから、労働基準法施行規則一九条四号により一年間における一月平均所定労働時間数とするのが相当である。

前記認定の就業規則における休日や一日の始終業時刻及び所定労働時間の定め並びに弁論の全趣旨からして、平成八年一月一日から同年五月一五日まで並びに平成九年一一月一六日から同年一二月三一日までの労働日及び所定労働時間は、別紙所定労働時間一覧表記載のとおりであり、平成八年五月一六日から平成九年一一月一五日までの労働日及び所定労働時間は別紙就労状況一覧表の所定超過時間欄記載のとおりであると認められる。

以上によれば、平成八年の所定労働時間の合計は一八二四時間であり一月平均所定労働時間は一五二時間となり、平成九年の所定労働時間の合計は一七九九時間となり一四九・九二時間となる。

(5)(ママ) 以上を前提にして、原告の時間外勤務手当を算定すると別紙時間外勤務手当計算書記載のとおり五一万〇五一八円となる。

4  最後に付加金について判断する。

付加金は、使用者が、法定労働時間を超えて労働者に労働をさせながら、法の規定する割増賃金を支払わない場合等に、未払金と同一額の支払を命じることができるものとされており(労働基準法一一四条)、原告の時間外勤務の中に法定の労働時間を超える労働が含まれているが(ママ)否かが先ず問われなければならない。

労働基準法は、労働時間を一週間について四〇時間(同法三二条一項)、一日について八時間を超えてはならないと制限している(条二項)が、右規定一項(週四〇時間制)の適用については同法付則一三一条が経過措置を規定しており、同付則に基づく「労働基準法三二条一項の労働時間等に係る経過措置に関する政令」(昭和六三年政令三九七号。平成五年政令六三号によって改正された。)が猶予事業の設定をしているところ、これによれば、被告のような従業員数名程度(このことは、証人高桑の証言と弁論の全趣旨から認められる。)の企業には平成九年三月三一日までは、一週間の労働時間の制限を四四時間に猶予することとされている。

そこで、一日の労働時間を八時間、一週間の労働時間を平成九年三月三一日までは四四時間、同年四月一日からは四〇時間として、原告の右時間外勤務がこれらの制限に違反しているか否かをみると、右制限時間を超える労働時間は、別紙時間外労働一覧表の法定超過時間欄記載のとおりであり、原告は、少なくとも、右の時間、法定労働時間を超える時間外労働を行ったものと認められる(なお、同表の※印を付した箇所は、同日の労働時間が八時間を超えているが、その日の属する週の労働時間の合計がすでに一週間の制限時間を超えている場合であるため、その日の超過時間は時間外労働としていない。また、平成九年三月三一日の週は、週の制限時間が変更となるため、被告の所定労働時間の比率にしたがって、制限時間を案分し、その週の制限時間を四〇・七二時間とした。その算式は、月曜日は七÷三九×四四、火ないし金曜日は七÷三九×四〇、土曜日は四÷三九×四〇である)。

以上をもとに、前記認定の原告の基本給及び諸手当、一か月平均労働時間によって、右時間外労働に対する割増賃金額を算定すると、別紙付加金計算書記載のとおり、一六万七三七三円となる。

5  以上によれば、時間外勤務手当と付加金の支払いを求める原告の請求は、時間外勤務手当五一万〇五二八円、付加金一六万七三七三円の合計六七万七八九一円の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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